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「吉原裏同心」シリーズ 第9仮宅 佐伯泰英 光文社文庫

仮宅  沽券  異館12巻以降まだ続きそうであるので、読んでいる本の範疇に入れておく
仮宅
天明7年11月の吉原の大火で、遊郭の建物ははことごとく炎上、500日間の遊郭外仮の家屋での営業が許された。この仮の建物を仮宅という。その仮宅での商いを余儀なくされた師走に、遊女・花蕾が行方をたった。その後も他の妓楼からも遊女が姿を消しているとき、花蕾の死体が築地川に浮かぶ。この必死の探索と犯人との戦いがあらすじといえる。

そのように書いてしまえば、味も素っ気もないのであるが、作者の技量に引き込まれて、途中でやめられず、つい先を急いで読みふけってしまうのである。
この麻薬性は、どこに起因するのであろうか?
自分なりに思うところをあげて見ると、一つには、理屈ぽくなくて、会話部分で、小説が進行しており、活字で映像を見ているに近い状況になっているからではないだろうか。さらに、その会話の部分も、臨場感のあるしゃれたやり取りで綴られ登場人物の人柄を適切に表現されているから、くすっと笑いたくなるところ、目頭が湿っぽくなるところなど、憎らしいほど旨いのである。名人の落語表現に似ているとどなたかが言っておられたが、そのとおりだと思う。
第二に、このシリーズに限らず、主人公の行動力、その範囲が分かりやすいのである。小生の自宅近くに江戸たてもの園があり、その入り口の建物に図書室がある。そこにあらゆる時代の地図が見れるので、時代小説の我が読書室みたいになっているのであるが、現代地図と江戸切絵図とをかさねて、映像を想像しながら読む楽しさがある。それだけ動く筋道に具体性があるのである。
第三に、史実に忠実であるうえに虚構をかぶせて、スケールの大きな読物にしながら、現代の社会の現実とダブらせて江戸時代を描いているからであろう。(09・10・27読)
シリーズ10弾「沽券」
沽券にかかわる、その語義とのかかわりは?あるのだろうか。(09/10/28読)
沽券とは、現代でいう土地の権利書のようなもの。
天明8年正月早々、吉原の引き手茶屋でこの沽券状を買い占める動きが頻発しだした。権利を売り渡して姿を消した茶屋の主人夫婦が、刺殺体で、川に浮かんだ。残る娘二人の行方を追う幹次郎は、巨漢の武芸者を
引きつれ沽券状を買い占める黒幕の年寄りにたどり着く。吉原のっとりを企てる陰謀の裏に、返り咲きを狙う田沼派残党の影が漂う。これを追い詰める一方、茶屋の夫婦が隠居しようとしていた相模の岩村まで出かけ、偶然にも上方に逃げた敵の2艘の船と遭遇する。
作者の出身は北九州だが、この「沽券」の後半、船に関する描写をよんでいると、今は無き福岡の時代小説作家「白石一郎氏」を思い出した。
異館
ついにこのシリーズ最後の巻を(09・10・30に読了)
まだ吉原の再興はならず仮宅中である。物語は、前作沽券の事件決着後、相模から江戸に戻った神守幹次郎が、夢幻一流を使う海坂玄斎なる剣客に狙われるところから始まる。西陣から桐生に拠点を構え直した古一喜三次という商人が斬新な絹物「山城金紗縮緬」を吉原の薄墨太夫に使ってもらい江戸への大流行を画策していた。京都の大火と絡み、会所ではこの申し出は歓迎すべきものであったが、太夫はこれを断る。
その経過から胡散臭いものを会所は感じ取り調べ始める。
一方では、吉原の武家客を狙った辻斬りが横行し、犯人は、異型の剣を使う女剣士が犯人で、これらの事件が一つに収斂したとき江戸の地に驚愕の「異館」が出現する。

いつものことながら、この巻でも痛快なヒーローの剣裁き、夫婦の情愛、入り組んだ陰謀、人の情けが繰りひろげられ、惜しみなくエピソードがちらべられる。次巻の発刊が待ち遠しい限りである。

このたび薄墨太夫の贔屓でぶげんしゃの魚河岸の隠居と義兄弟の杯を交わしているので、次回この人物がエピソードの中心になって登場するのではないだろうか。と勝手な想像をめぐらしている。
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by binjichan | 2009-10-27 17:33 | 今読んでいる本