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冬の標    乙川優三郎著作   文春文庫 2002年中央公論新社単行本

1冊の文庫本にこんなに日数を掛けて読んだのは、これがはじめてである。ほぼ一ヶ月を要したことになる。
なぜかというと、読んだ場所が浴槽で湯につかりながら読むのみで、常にビニールをして浴室の着替え室の棚においていたからである。特にそうしなければならない訳があったのではない。電車の中で本を読む外出が無かったからというほかない。半日くらいの車での外出が度重なったからである。自室兼書斎にいるときは、実家の父の遺品である書類整理に追われ小説を読んでいる時間がなかったのもその流の一つである。

不埒な浴室での読書のことはさておき、作者の文章表現の旨さには、いつも驚きであり、自然や草花の表現は、絵画的であり美しいと常々から感服していたところ、この作品では、絵画に情熱を傾ける女性をとりあげているのであるから、作者自身相当絵心があるのではと、その感時を深めたしだいである。

小説の舞台は、幕末、どこの藩だか明らかではないが小藩の大番頭の娘・明世が南画の自由な世界に魅せられ画家になりたいのだが、世間のしきたりは、女子が絵を描くことすら許さない時代である。
結婚して夫と姑に仕えることを強いられ20年が過ぎる。夫亡き後、子供は元服を終え家督をつぎお城奉公にでる。時代は、幕府の二度にわたる長州制圧の戦いの最中であり、藩内も保守と革新の二派に分裂、明世の実家と跡継ぎの息子とは派がことなり、実家からも圧力がかかる。
そんな中、自からの情熱にしたがいえの未知を追う決心をする。封建の世に自立の道を歩もうとする女性の葛藤と情熱を見事に描いた感動の小説である。直木賞受賞後の一冊目の作品。女性の心理描写に優れた数少ない男性の作品ではないだろうか。
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by binjichan | 2010-03-14 17:34 | 読んだ本の寸評

鎌倉河岸捕物控  下駄貫の死  佐伯泰英著  ハルキ文庫

「橘花の仇」「正次、奔る」御金座破り」「暴れ彦四郎」「古町殺し」引札屋おもん」に続く当シリーズ第7弾。
初めてこのシリーズを読むにもかかわらず、第7弾からが最初である。別に順番に読まなくても、捕物の場合、事件ごとに明確に区切られて、何件かの事件を短編集のように何編かをまとめて世に出されるので、どこから読んでもそれほどの不都合はないとの考えからである。
第一話「引き込みおよう」から始まり第五話「若親分初手柄」まで想像したとおり何の違和感も無く、筋書きを追うkとが出来、楽しめた。
松坂屋の隠居・松六夫妻たちが、湯治で上州伊香保へ旅することになる。一行の見送りに戸田川の渡しへ向かった金座裏の宗五郎と正次・亮吉たちが、暴漢たちに追われた女が刺し殺されるという事件に遭遇する。
一方、残酷な押し込み先の人々を皆殺しにする強盗が現れこの事件と殺された女とのかかわりから、事件改名の糸口がほぐれてくる。
金座裏の十代目を正次に継がせようという動き野中で、下駄貫に凶刀が襲い、宗五郎の怒りが炸裂する。


どのシリーズもこの作者の書き下ろし小説は、楽しめる。
その面白さについて、なぜなのか前にも触れたことがある。しかし侠気がついたほかの理由が見つかった。
読者に共通した理由にはならないが、私に限っていえば、物語の展開場所が、長く滞在したとか、住んだことがあるとか、住んでいるとか身近に感じる場所であり、郷愁をそそる懐かしい場所であり、そこを昔に戻り観光させてくれているおもむきが各シリーズに散らばっているから、面白さを広げてくれているように思う。
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by binjichan | 2010-03-14 13:11 | 読んだ本の寸評

漂流  吉村昭  新潮文庫 昭和55年12月発行

天明年間に水の湧かない火山島に漂着。12年間を生き抜き八丈島に帰還し、奉行所に陳述した記録を元にかかれた長編ドキュメンタリー小説。昨年暮れに暮に読み終えているのだが、暮れから二月に掛けて、中学時代の同窓会の準備や孫と遊ぶ正月行事、そして年老いた母の介護問題やらで、このブログに書き入れるのが今となってしまった。

しけにあい黒潮に乗って漂着した島は、絶海の孤島であり水がない火山島でもあった。生活手段を持たない無人島で、仲間の男たちは次々に倒れていったが、土佐の船乗り長平は、ただ一人生き残って、12年の苦闘の末に生還する。その生存の秘密は、渡り鳥とあきらめぬ意志の持ち方であり、壮絶な生き様には、感動を呼ぶ。
一貫して人間と自然との闘いの物語で人間同士の葛藤は、小さなものに思える。上陸した島にはあほうどりの群れが居た。孤島に閉じ込められた長平らの周りには、春に去って秋に戻ってくる大きな鳥のうごめきが感じられ、物語の大きな脇役でもある。人間の食糧として役立つばかりでなく、鳴き声や排泄物の異臭さえが、近くに生き物が居るやすらぎを生存者に与えている。その飛ぶ姿が脱出する希望さえあたえ、孤独に押しつぶされそうになる心をっさえている。
優れた描写の裏には、作者の克明な取材があり、和戦の構造、太平洋の気象、島々の風土、アホウドリの生態まで周到に用意された知識の裏づけがあってこその物語である。
そして、鮮明に教訓としてつづられている事項は、運動不足と栄養の偏りが人の命を簡単に奪うということである。海辺の海藻や貝類の接種がいかに人間の生命を維持するか、克明に描かれている。
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by binjichan | 2010-03-14 09:17 | 読んだ本の寸評