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吉原裏同心 流離 佐伯泰英 光文社文庫

蔵書中、未読の時代小説が千冊近くある。これらは小さな書庫の本棚ではなく、文庫本を保存するプラスチックケースに入れて積み置きされているか、自筆の本棚に無造作に並べてある。書庫の本棚には、読んだ物だけを保管している。
未読の文庫本がそんなにあるのに、古本屋で未購入の歴史時代小説があると衝動買いをしてしまう癖が身についてしまったようである。
昨日、いつも散歩する公園を散策していると、フリーマーケットが開催されていた。ブルーシートの上に時代小説ばかりが、数十冊並べてあった。所持していないと思われる20冊程度を選び購入した。
その中に、この吉原裏同心シリーズが数冊あったのである。残念ながら全冊そろってはいないのではあるが、欠番を捜し求めるのも楽しみの一つとして、読み始めた。1巻「流離」は、豊後岡藩の馬廻り役神守幹次郎が、納戸頭の妻汀女と駆落ちしてから、幼馴染の二人が、追ってを避け、当てのない流浪の旅を続ける。やがて江戸に出て幹次郎は、腕をみこまれて吉原遊郭の用心棒になる。そこまでがこのシリーズの導入部分である。以降、吉原の会所の人々と吉原を舞台に幹次郎の剣による活躍が想像される。
前回、佐伯氏の作品「交代寄合伊那衆異聞」を楽しんで読み終えた余韻が残っており、そのこともこの作品を読み始める動機ともなっている。
「吉原」を舞台にした作品はたくさんあるが、どのようなストーリーが展開するのか楽しみである。

2巻「足抜」を今日連休の途中から読み始める。朝の散歩の途中、公園のベンチを渡り歩きながら
大半を午前中に読み終え、夕方風呂に湯を張る間と浴槽に使っている間に読み終える。
登場人物のキャラクターが面白いのと奇想天外な物語の発展に先を読みたくなる衝動で、ついつい作者の思惑に曳き釣り込まれてしまうのである。
遊郭の女郎の足抜けを題材にした個人的闘争なり苦労を描いた作品は、いくつか呼んだ記憶はあるが、この作品のように、組織的大規模な足抜きを企てた作品は、初めてである。(2009.9.22)

3巻「見番」
将軍家治の逝去で老中・田沼意次が失脚、吉原も営業停止となった。そんな中、二人の女が殺されたことから、吉原をめぐる大陰謀が発覚し、吉原会所側と陰謀者側との主導権を争う大闘争が展開する。(2009.9.23読)
5巻「初花」今までのところ2巻と3巻との時間差はあっても直接ストーリーのつながりがないので
4巻を飛ばして手もちの5巻を読み進めることにする。初花とは、前に出てきた花魁の一人ではないだろうか?
9月28日読破。初花についての推量は、間違いであった。当シリーズの物語の時間的推移は、5巻を通じて
わずか吉原の仕事を得てから1年ほどである。季節は春、初桜(初花)の時期の事件である。
明日から、第6巻「遣手」に入る。
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by binjichan | 2009-09-21 21:00 | 今読んでいる本

人間の檻 獄医 立花登手控え④ 藤沢周平 講談社文庫

このシリーズの全3巻を読んだはずなのだが、ここの話を思い出さない。それほど以前に読んだことになる。
勿論、獄医登るのおかれているシチュエイションについては、居候をしている叔父家族の面々の個性などは、失念していないが、一巻ごとに掲載されている6,7個ほどの話題と事件を思い出さないのである。
だが、読み直そうという気力もない。ただ、書棚に欠番となっていた「人間の檻」4巻目が始めて覗いたBOOKOFFで見つかったので、読む気が起きただけのことである。
「小説現代」に昭和57年4月から1年間ほどに掲載されたシリーズ短編集である。
「戻って来た罪」
「見張り」
「待ち伏せ」
「蔭の男」
「女の部屋」
「別れゆく季節」
何れも獄医の立場で聞かされたことが発端となり、事件にかかわっていく捕物風小説なのであるが、叔父・叔母の家に厄介になっている獄医の江戸市井話ともいえる。
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by binjichan | 2009-09-21 14:58 | 読んだ本の寸評

剣岳(点の記) 新田次郎 文春文庫1981年1月25日第1刷

数ヶ月前、家内が珍しくもお父さんこの映画を見に行こうと新聞広告を指差して言い出した。それがこの小説を映画化したものであった。そのときは、新田次郎氏の現代山岳小説の映画であろうと、聞き流していい加減な返事をしたはずである。なぜなら、映画を見に行っていないからである。
先日、古本屋で歴史時代小説をあさっていると、その文庫本がそのジャンルの棚で見つかったのである。
30年前に印刷されたその文庫本手にして解説を読むと、日露戦争後に前人未踏といわれた北アルプスの剣岳山頂に、三角点埋設の命令を受けた測量士たち山男の苦闘を描いた小説であることを知る。
作者が明治45年の長野生まれであるので、生まれる前のことを資料と実際に山に登り活字にしたことになる。
私の勝手な解釈で、約100年以上前のものを骨董品の対象としている事実から、歴史時代小説もほぼそれに習って、明治時代までをその対象として考えているので、このブログに書き込むことにした。

日本の測量技術は、英国人の指導により明治4年工部省により着手し、後に内務省地理局と兵部省測量課と二本立てで行われ、明治21年に陸軍参謀本部陸地測量部に統一されている。したがって、主人公柴崎測量官は陸軍の文官ということになり、登場人物は、史実に基いた実在の人物である。
何ヶ月も東京を離れ、山にこもって測量のための三角点を埋設し山の頂から測量するまでの苦闘は、想像を絶するが、明治の官僚が成し遂げたのも事実である.
現代の官との隔世の感を感じずにはおれなかったというのが、読書後の一言での感想である。

それにしても、30年前の文庫本の活字の小さいこと、近眼のめがねをはずさないと読める状況では、無かった。余談ながらいつから活字が大きくなったのであろうか・・・
それにしても、山深い天幕の中で、夜カンテラの明かりを頼りに測量記録の整理をしていた測量官の苦悩を思えば、たかが明るいところで寝そべって読む文庫本の活字の大小を嘆いているようでは、先代の努力に申し訳ない思いもする。
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by binjichan | 2009-09-10 11:59 | 読んだ本の寸評

交代寄合伊那衆異聞 攘夷6巻~難航10巻 佐伯泰英 講談社文庫

お盆に5巻の阿片まで読んで、すぐにでも続編を読みたい心境だったが、続きの第6巻の攘夷が手元に無かった。だが、古本で今までを読んできたので新刊を手にして読み続けようとは考えていない。とりあえず、第七巻の上海があるので六巻を飛ばし衆議院選挙の日(8月30日)に読み始める。
昼間読破するつもりで、投票には朝1番に出かけたのであるが、この1週間夏休みの締めを我が家でと、孫たちが来訪、その付き合いで読書どころではない。夕方までにその親たちの投票に間に合うように子供たちの家族を送り、帰宅したら既に開票が始まり24時間番組でマラソンの3倍の距離に挑戦する女性の映像と重なり、いかに面白い小説といえども、活字より映像に引き寄せられる。
選挙結果は、予想をはるかに上回る民主の大勝、24時間番組の走者は、放送時間内にゴールできずも完走。小説の時代とは、異なる一種の変革の時代を感ずる一日だった。
選挙結果の大勢が定まりかけた頃から、「上海」の続きを読み、主人公とその恋人「玲奈」の行動と重ねて民主党の当選者に期待するのだが、・・・一方で、あまりにも大勝しすぎで一抹の不安が宿るのは、なぜであろうか。順序を飛ばして、朝方まで7巻をよんだので、翌朝、既刊で手元に欠落しているすべてを買い求めて、今日まで暇を見つけて読みふけった。30日から今日9月4日まで6日間で6巻の「攘夷」から10巻の「難航」までの5巻分を読んだことになる。
第4巻の「邪宗」から第8巻の「黙契」まで主人公「藤之助」が伝習所剣術指南役教授として長崎滞在中の破天荒な活躍と長崎社会との溶け込み具合が幕臣を感じさせない時代のしがらみを超えたおおらかな人間像として描かれており実に面白い。ちょっとやそっとの日常ごとを後回しにして、読みたくなる魅力がある。そういう意味では、罪作りな作者である。
今度は、追いかけるのではなく、新しい作品をのんびりと待たせていただくところである。
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by binjichan | 2009-09-05 00:01 | 読んだ本の寸評