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霧の橋 乙川優三郎 講談社文庫

「喜知次」に続いて読んだ乙川作品である。
第七回時代小説大賞(1997)受賞作品。

江坂惣兵衛が同僚の林房之助に妻にしようと思う女将をかばって斬られる部分がプロローグとして最初からこの小説に読者を引きずりこむ。
が、小説の真の始まりは、その16年後、紅屋惣兵衛となった次男与惣次が、日本橋の小間物問屋の主人勝田屋善蔵に料亭に呼び出されるところから展開する。
与惣次は足の不自由な兄に代わり、父の仇を討つべく放浪の旅に出てから10年後に本懐をとげ帰郷すると、兄は公金横領の罪で切腹、お家は廃絶。与惣次は藩外追放となる。
江戸に戻った与惣次は、紅屋清右衛門の娘おいとを暴漢から救ったことが縁で、紅屋の養子になる。紅屋清右衛門の死後、紅屋の主人として商いに専念する。いわるる武士から商人へ転身した紅屋惣兵衛が主人公である。
江戸の商人世界が、紅の製造流通の仕組みが克明に描かれ、勝田屋の策謀に立ち向かっていく有様が語られる。一方、武士の意識を捨てきって商人になりきれるのか、もう一つのテーマがあって、緊張感を切らさない夫婦小説の部分をたくみに展開させている。
引用したくなるような、人生哲学が随所に感じ取れる素晴らしい作品であった。
読み終えて、プロローグというべき部分に父と沙綾、林房之助との絡みで登場する奥津ふみの存在が、この作品を最後まで緊張して楽しめる重要な役目を果たしているのではないかとの余韻を感じるのである。
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by binjichan | 2007-08-29 15:42 | 読んだ本の寸評

闇の歯車 藤沢周平著 講談社文庫

小さな小料理屋で黙々と飲む常連4人。浪人に遊び人、老隠居に商家の若旦那である。浪人は恋女房と駈落ち脱藩者で不治の病の妻を抱えており、若旦那は、婚姻を前に遊び女から別れれるのに難儀している。また、隠居は毎日の飲み代が乏しいし、遊び人はふとしたことで、夫に逃げられた女に惚れて、各々金を必要としている。その弱みに付け込み、押し込み強盗を企てる謎の男が付きまとう。皮肉な定めに人を引き込む歯車が回る。
押し込み強盗を図った男たちと、それぞれにかかわった女たちの人生を描いたサスペンス時代小説である。

この作品は、「狐たそがれに踊る」というタイトルで「別冊小説現代」に昭和51年に発表された後、「闇の歯車」と改題され52年2月に単行本として刊行された。
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by binjichan | 2007-08-25 11:04 | 今読んでいる本

喜知次 乙川優三郎 講談社文庫

1998年の直木賞候補作品
題名からすると男性の名をイメージするが、主人公は女性である。
読後、暫く小説を読みたくない心境に追いやられるほどの、この作品は、今私に静かな余韻を残してくれている。読後に表れた心の静けさは、物語の軸となった三人の若者の友情をバックボーンにつづられた人生に触れられたこと。さらに、ラストになって確かな像となって表現される主人公喜知次の存在感に由来するのだろうか。

この作品のストーリーは、裕福な武家の嫡男・小太郎に義妹ができた。藩内には派閥闘争の暗雲が渦巻き、幼友達の父が暗殺される。少年ながらも武士として藩政改革に目覚めた小太郎に、友が心に秘める敵討ちと義妹へのほのかな恋心を絡めて、繊細な表現で清冽に描かれた傑作である。

「政治とは名ばかりで、権力闘争に明け暮れている」と藩の政治をとおして現代を照射し、政治の無策・無能の国家への批判と読めるところもある。
何れ読み返すときが来るかもしれないという予感がする。
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by binjichan | 2007-08-13 13:52 | 読んだ本の寸評

蒼き狼 井上靖 新潮文庫

井上氏の作品には、中国大陸を題材にした代表作が多い。この長編もその一つである。
この小説を読むに到った動機は、単純である。最近、巡業を休養する届けを出していた蒙古出身の横綱が祖国に帰ってサッカーをやっていたということで、処分されたばかりである。
中国の長城が建設されたのも、この北方民族の侵入を防ぐためであるということからして、蒙古民族の歴史に多少の興味を持ったからである。

アジアの生んだ一代の英雄ジンギスカンが、どのように蒙古を統一し、ヨーロッパにまで遠征を企てていったかを、その時代の民族闘争を単なる史実として、読み流すだけでも、何らかの意味がある。
ひたすら、敵を求め侵略と略奪を続けた征服欲は、どこから来たのか。現代の人間にそのことを漠然と示唆してくれる。
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by binjichan | 2007-08-13 12:02 | 読んだ本の寸評