カテゴリ:読んだ本の寸評( 42 )

泰平の底 早乙女貢 集英社文庫

1968年「僑人の檻」で直木賞受賞。代表作「おけい」「奇兵隊の叛乱」「会津士魂」。
本書は小さい活字で525ページに及ぶ。そのため目が疲れて途中で投げ出すのではと危惧したが、休み休みどうにか読み終えた。
それというのも、週刊新潮に昭和45年5月から連載されたもので、主人公は同一でも一話一話読みきりの形式をとってシリーズ形式の連載ものであるためであろう。
主人公の旗本の家系に生まれた部屋住みの加賀爪主水が、全編に登場し、江戸期の泰平安逸な時代を背景として、湯女を相手にして興味のあるストーリー展開を見せてくれる。
湯女風呂の湯女とのエロティズム描写が見所になっているが、風呂屋をとして、江戸風俗様子、特にその当時の風呂の様子がよくわかる。
剣と色の道に卓越した技をもちあわせる主人公像が鮮明すぎて、史的事例の解説をおろそかにして、読み急ぐ危険性がある。
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by binjichan | 2007-11-17 21:18 | 読んだ本の寸評

暗闇草紙 多岐川 恭 新潮文庫

この作者の作品を読むのは、「ゆっくり雨太郎捕物控」以来である。その捕物控シリーズも総て読み終えたのかどうか、確認していないままである。
暗闇草紙はどんな作品なのかイメージのないまま、読みすすめた。娯楽推理時代小説といっていいだろう。湯島の暗闇小路と呼ばれる一角に、わけありげな美しい娘と乳母とが引っ越してきたところから、話は始まる。その娘お春が、強盗に襲われ白い石造りの観音像を奪われた。手習いの師匠で浪人者の主人公・島小平がこの観音像を取りもどそうと、近所の目明し・常吉とともに手を貸すことになるが、像に秘められた謎は深まるばかりである。小平を支える個性豊かな4人の女性たち。師範代をつとめる屋代道場の弟子・徳次の存在がからみ、読み進まざるを得ない面白い意外な展開が続く。

読み終えて、思うのであるが、「暗闇草紙」という題をつけた意味合いが、元長崎奉行が清国の貿易船の財宝に目がくらみ、それを我が物にしようとするたくらみから、それを横取りしようとする裏切りが度重なる醜い人間の欲をさしていたと感じてならない。いや、そう感じ取らなければならない。小路の通称からとったのなら、焦点のぼけた題名と思えてくる。

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by binjichan | 2007-10-21 09:26 | 読んだ本の寸評

初春弁才舟 御宿かわせみ29 平岩弓枝 文春文庫

NHKテレビでも放映されたおなじみのシリーズである。
宮戸川の夕景・初春弁才舟・辰巳屋おしゅん・丑の刻まいり・桃の花咲く寺・メキシコ銀貨・猫一匹の短・中篇が7作品収録されている。
読み終わってから、すでに半月ほどたってから、このブログをかいているのであるが、初春弁才舟と・メキシコ銀貨を除いては、作品名をみても、その話の内容を思い浮かべることが、できない。シリーズ物の印象はこんなものかもしれない。
初春弁才舟は、大阪から江戸へ正月に間に合うように一番酒を輸送する弁才船の船長とその息子の話。シリーズの主人公である軍艦所に勤める東吾から船長の息子が熱心に洋船の航海術を学び、荒れた海を乗り切り、江戸に一番酒を輸送する感動的な作品に仕上がっている。
最後の部分に
「長き世のとおのねぶりのみなめざめ、なみのり船の音のよきかな」と前から読んでも後ろから読んでも同じ歌で正月のめでたさと船を絡めた描写がこの作品の印象を強いものにしている。

メキシコ銀貨の方は、外国通貨に詳しい風変わりな専門家がシリーズに登場するこどもたちに
この銀貨と日本の貨幣との交換比率の不平等を詳しく教え、この交換により法外な利ざやを稼ぐ悪の存在を東吾に悟らせ、事件を解決する作品である。幕末の通貨事情がわかって面白かった作品だった。
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by binjichan | 2007-09-21 16:37 | 読んだ本の寸評

獄医 立花登手控え4 「人間の檻」 藤沢周平 講談社文庫

オールマイティ時代小説作家・藤沢周平の江戸市井譚シリーズ。ここでも作者の小説つくりの巧さを感じる。
このシリーズの主人公青年獄医の立花登は、小伝場町の牢獄に務めている関係から、獄舎内に泊まったり、叔父の住まいに帰ったりして、町医の叔父を手伝ったりしている。
この叔父夫婦の家庭を描くホームドラマのような面が、浮き彫りになっている。しかし、私は、これを背景にしながら、獄医ならではの立場から働く勘により、主人公が冤罪を解決したり、牢人からの情報により犯罪を未然に防いだりして、現代社会の司法の手助けをしている面に、その面白さを感じるのである。
この「人間の檻」では6話の中篇からなっている。それぞれ面白く読んだのであるが、話の内容が、暫くすると記憶に残っていないのは、なぜなのであろうか。シリーズ物の特徴かも知れないと最近思うようになった。
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by binjichan | 2007-09-10 20:42 | 読んだ本の寸評

交代寄合伊那衆異聞 変化 雷鳴 佐伯泰英 講談社文庫

最近の本屋に行くと、この作家の文庫本が所狭しと、棚の前に広げてある。
昭和の人間には、なじみの薄い作家であるが、このような書店の状況を見ると、人気の作家なのであろうと推測できる。だが、私は今までどの作品をも読んだことがない。写真家から文筆活動に転身、今では平成を代表する時代小説作家であるらしい。
色々とシリーズ物に精力的に取り組んでいるから、急に本屋の店頭をにぎわすようになったのであろう。
タイトルの「変化」と「雷鳴」を買い求めてみた。
司馬遼太郎のものを読んだ後なので、よみはじめは、なんとなくぎこちなさを感じつつページをめくっていたのであるが、いつの間にか作者の趣向に乗せられて、二冊を短時間で読みきってしまった。爽快なエンターテイメント性がそうさせたようである。
初めて江戸に出てきて、江戸きり絵図を眺めてストーリーを楽しんでいるような、読感であった。
激動の安政年間、大地震から物語は始まる。主人公が伊那から甲州街道を江戸に向けてひた走るルートが、私が身近に感じる場所なのでそのままのめりこんでしまった。後は江戸の当時の地図を想像しながら、ストーリーを楽しんでしまった。
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by binjichan | 2007-09-06 20:40 | 読んだ本の寸評

王城の護衛者 司馬遼太郎 講談社文庫

この文庫本には、「王城の護衛者」「加茂の水」「鬼謀の人」「英雄児」「人斬り以蔵」の5編の中篇が収められている。何れも幕末の変革期に登場した五人の人物像である。
京都守護職を押し付けられた合図藩主、松平容保。「加茂の水」では、公家の策謀家岩倉具視の懐刀として、密勅の起草や方策立案に携わった玉松操。
「鬼謀の人」では、「花神」でおなじみの軍事天才、大村益次郎。更に北越戦争の抵抗の要であった長岡藩の河井継之助。五人目が人斬りの異名を取った土佐の足軽、岡田以蔵の五人である。
幕末の風雲をそれぞれ特異な才能と性格でその時代を全うした人物である。
作者の筆になると、この人物たちが身近に存在しているかのように、活き活きと全体像を鮮明に表現されるのは、どうしてなのであろうか。つい続けて読み終えてしまう面白さが、人物表現にのみ捉われず、歴史の背景にうきぼりされて、高い位置から書かれているからであろうか。
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by binjichan | 2007-09-04 22:46 | 読んだ本の寸評

十時半睡事件帖 おんな舟 白石一郎 講談社文庫

作者は「海狼伝」で1987年直木賞、「戦鬼たちの海」’92年で柴田錬三郎賞、’99年「怒涛のごとく」で吉川英治賞を受賞している。
海洋小説の分野を開いた作家ではないだろうか。福岡に在住し執筆されていたので、飲み屋でチラッとお見かけする機会が、在命中、私が福岡に住まっていたころあったので、身近に感じていた作家である。

十時半睡事件帖のシリーズは、福岡を背景とするその風物詩と主人公のキャラクターに魅力がある。52万石の黒田藩家中で知らないものがない名物男でいろいろな奉行を歴任し、生き字引的な存在なのであるが、本人は隠居の身で半分眠って暮らす。
「おんな舟」は7話目で舞台は江戸に移っている。作者が江戸を背景とした小説は、珍しいのではないだろうか。7編がおさめられている、のんびりと緊張感なく読んだ。
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by binjichan | 2007-09-04 19:49 | 読んだ本の寸評

霧の橋 乙川優三郎 講談社文庫

「喜知次」に続いて読んだ乙川作品である。
第七回時代小説大賞(1997)受賞作品。

江坂惣兵衛が同僚の林房之助に妻にしようと思う女将をかばって斬られる部分がプロローグとして最初からこの小説に読者を引きずりこむ。
が、小説の真の始まりは、その16年後、紅屋惣兵衛となった次男与惣次が、日本橋の小間物問屋の主人勝田屋善蔵に料亭に呼び出されるところから展開する。
与惣次は足の不自由な兄に代わり、父の仇を討つべく放浪の旅に出てから10年後に本懐をとげ帰郷すると、兄は公金横領の罪で切腹、お家は廃絶。与惣次は藩外追放となる。
江戸に戻った与惣次は、紅屋清右衛門の娘おいとを暴漢から救ったことが縁で、紅屋の養子になる。紅屋清右衛門の死後、紅屋の主人として商いに専念する。いわるる武士から商人へ転身した紅屋惣兵衛が主人公である。
江戸の商人世界が、紅の製造流通の仕組みが克明に描かれ、勝田屋の策謀に立ち向かっていく有様が語られる。一方、武士の意識を捨てきって商人になりきれるのか、もう一つのテーマがあって、緊張感を切らさない夫婦小説の部分をたくみに展開させている。
引用したくなるような、人生哲学が随所に感じ取れる素晴らしい作品であった。
読み終えて、プロローグというべき部分に父と沙綾、林房之助との絡みで登場する奥津ふみの存在が、この作品を最後まで緊張して楽しめる重要な役目を果たしているのではないかとの余韻を感じるのである。
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by binjichan | 2007-08-29 15:42 | 読んだ本の寸評

喜知次 乙川優三郎 講談社文庫

1998年の直木賞候補作品
題名からすると男性の名をイメージするが、主人公は女性である。
読後、暫く小説を読みたくない心境に追いやられるほどの、この作品は、今私に静かな余韻を残してくれている。読後に表れた心の静けさは、物語の軸となった三人の若者の友情をバックボーンにつづられた人生に触れられたこと。さらに、ラストになって確かな像となって表現される主人公喜知次の存在感に由来するのだろうか。

この作品のストーリーは、裕福な武家の嫡男・小太郎に義妹ができた。藩内には派閥闘争の暗雲が渦巻き、幼友達の父が暗殺される。少年ながらも武士として藩政改革に目覚めた小太郎に、友が心に秘める敵討ちと義妹へのほのかな恋心を絡めて、繊細な表現で清冽に描かれた傑作である。

「政治とは名ばかりで、権力闘争に明け暮れている」と藩の政治をとおして現代を照射し、政治の無策・無能の国家への批判と読めるところもある。
何れ読み返すときが来るかもしれないという予感がする。
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by binjichan | 2007-08-13 13:52 | 読んだ本の寸評

蒼き狼 井上靖 新潮文庫

井上氏の作品には、中国大陸を題材にした代表作が多い。この長編もその一つである。
この小説を読むに到った動機は、単純である。最近、巡業を休養する届けを出していた蒙古出身の横綱が祖国に帰ってサッカーをやっていたということで、処分されたばかりである。
中国の長城が建設されたのも、この北方民族の侵入を防ぐためであるということからして、蒙古民族の歴史に多少の興味を持ったからである。

アジアの生んだ一代の英雄ジンギスカンが、どのように蒙古を統一し、ヨーロッパにまで遠征を企てていったかを、その時代の民族闘争を単なる史実として、読み流すだけでも、何らかの意味がある。
ひたすら、敵を求め侵略と略奪を続けた征服欲は、どこから来たのか。現代の人間にそのことを漠然と示唆してくれる。
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by binjichan | 2007-08-13 12:02 | 読んだ本の寸評