足利尊氏 上下 村上元三作 徳間文庫

「忠臣楠木正成」「逆賊足利尊氏」のレッテルが自分の歴史観に幾分残っている。戦後の教育を受けているのだが、教師が戦前の教育を受けていれば仕方ないことなのかもしれない。戦前の皇国史観は、天皇の皇位継承をめぐる闘争は長い間タブー視され、戦後になって解禁されたとはいえ、その史観アレルギーはその後も残っていたと思われるからである。したがって南北朝の時代は、歴史時代小説にとっては、空白に近い分野であったとされ、この時代を扱う作家は少ない。戦後、最も早く南北朝の時代を扱った作家が、村上元三なのだそうだ。吉川英治の「私本太平記」が連載されたのが昭和30年代であるが、村上元三は昭和26年に「改造」に「足利尊氏」を発表している。今読んでいる徳間文庫収録の「足利尊氏」は昭和44年に刊行された長編である。この作品においても楠木正成や新田義貞たちの陰に隠れ、低く評価されていた尊氏の人間像に新たにスポットをあてているようである。読み終わってから何か書けそうである。

本日(13日)読み終わったので、所感を書いておくことにする。
足利幕府の初代尊氏から15代将軍義昭までの長編小説だが、私にとって小説の面白さを感じたのは少なくても3代の義満まで、尊氏の悲願だった南北朝が統一されるまでである。「学習研究社」の歴史小説シリーズとして書かれた性格からか4代以降、信長によって義昭が衰退させられるまでの過程は、史実を要約した解説書の記述のようであり、小説としての面白さにかけるように思われる。
しかし、尊氏が、鎌倉幕府を開き武家政治の創始者となった頼朝を政治のお手本としながら、皇室に尊崇の念を抱いていたので、天皇に叛旗を翻す意志はなく、南北朝の成立後も、これを一つにして新しい武家政治を打ちたてようとする理想を生涯貫き通すといった人物史観にたった
作者の意図は充分感じ取れた。冒頭、弥藤太・赤円坊が御醍醐天皇を隠岐から逃がす手伝いをするところから小説は始まるのだが、この二人に小萩という女性を造形された人物として登場させ、これらの人物の個性がこの小説を一層面白いものに仕立てている。
それにしても、親子兄弟、熾烈な権力争いの連続でその経緯を描くだけで大変な労力を費やさざるを得ないのであろうが、その頃の庶民の生活実感が感じられないのはどうしてであろうか。

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by binjichan | 2007-05-12 18:24 | 今読んでいる本
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